中学生のころ不登校だったぼく【ブログでそのときの様子を語るよ】Part2

どうも、shoです。

 

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今学校に行っていない不登校児さん、その子供を持つ保護者の方にもこの記事が少しでも参考になれば幸いです。

よければご覧ください。

 

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晴れて中学生

 

ぼくは晴れて中学生になりました。

周りのクラスメイトたちを見回しても、誰一人として知らない状態。

全く新しい環境で、不安と緊張を連れて教室へ入りました。

このときクラスメイトとお互い始めて顔合わせをしますが、ぼくは自分からクラスメイトに声を掛けませんでした。

今まで小学校6年間一緒にいた同級生と話すことは何とも思わなかったですが、初めての人と会うとなると、何を話せばいいのか分からなくなりました。

ここでぼくは、始めて人見知りなんだと気づきました。

 

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オリエンテーションキャンプが地獄

 

話は少し前に戻ります。

中学入学前にオリエンテーションがありました。

その内容は、2泊3日のキャンプ。

中学校生活のスタートがスムーズにいくように、入学前に同級生たちとキャンプしてカレーを作ったり、レクリエーションをしたりするものです。

 

ぼくはお家大好き人間なので、知らない人と知らない場所に泊まるのはまさに地獄。

鬼畜の所業。

 

sho

なんでキャンプ?1泊でいいのに、なんで2泊も泊まらなあかんねん。入学前のキャンプじゃなくても、学校の体育館とかでオリエンテーションすればええやん。わざわざホコリ被ったカレー食って何がうまいんだよ。

 

こんな冷めた気持ちを抱いて、2泊3日のキャンプに行きました(笑)

 

場所は琵琶湖のキャンプ場

 

琵琶湖が近いキャンプ場だったので、外でレクリエーションなんかしてるときは、

 

sho
夜中ここを抜け出して、この湖を泳いで大阪に帰ったろかなぁ・・・。

 

と湖を眺めながら、レクリエーションをしていました。

レクリエーションって本来楽しいものですが、ぼくは全然楽しくなかったです。

人見知りだから。

 

部屋での過ごし方

 

同じ部屋のメンバーがワイワイしてるなか、ぼくは部屋の隅っこでずっと本を読んでいました。ハムスターみたいで可愛いですね。

 

同じ部屋のメンバーからは、

 

同じ部屋のメンバー
こいつ、みんなでワイワイしているにも関わらず、1人で本を読んでやがる。ぜったい頭が良くて、勉強できる奴だ・・・。

 

と勘違いされていました。

 

ここだけの話、ぼくは初めて会う人とどう関わっていいか分からなかったから、ただ本を読んでやり過ごしていただけ。なんて言えない、言えないよ

 

結局オリエンテーションでは友達ができないまま、中学校生活が始まりました。

こんなことになるなら、小学生の友達と遊んでいた方がまだ100倍マシでしたね。

コミュ障って辛い。

 

勉強とクラスの雰囲気についていけない

 

当たり前の話ですが、小学校から中学校に上がると勉強のスタイルが変わります。

小学校から中学校の勉強スタイルが変わったものは、下記の通りです。

  • 授業時間の増加
  • 中間、期末テスト
  • 赤点は夜まで補修授業
  • 授業ごとに毎回小テスト
  • 小テストが満点でなければ、放課後は居残り

 

 

sho
ついていけん・・・

 

とくに一番キツかったのは、夜まで補習授業を受けさせられたことです。

ぼくは勉強が苦手だったので、夜までたくさん補修を受けてきました。

 

クラスの雰囲気についていけない

 

当時の担任教師は、自分のクラスを学年トップの成績で修めたいと企てていました。

 

担任教師
うちのクラスを学年の中で一位にしたい!

 

この鶴の一声で、クラスメイトも

 

クラスメイト
おぉーーー!!!

 

と活気づき、クラスメイトの意識が変わってきたのをよく覚えています。

そのため担任教師にも熱が入り、授業はエスカレート。

成績、偏差値重視のスタイルになりました。

  • テストの満点が取れないなら、怒鳴る
  • 生活指導も厳しく、遅刻や忘れ物をしたら殴る蹴るはあたりまえ

 

当時、ぼくが通ってた中学校はそれが日常茶飯事でした。

周りのクラスメイトが怒鳴られたり叩かれたりしてる様子を見るび、ぼくは教師に怖気付いていました。

 

体罰は法律で禁止です

 

余談ですが、現在教師による体罰は学校教育法で禁止されています。

決して許される行為ではありません。

体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)

出典:文部科学省

 

もし、教師から何らかの体罰を受けている場合、

  • 体罰の証拠を集める
  • 教育委員会に調査の依頼をする
  • 24時間子どもSOSダイヤル、子どもの人権110番に相談する
  • 弁護士に相談する

これらを行いましょう。

 

学校側に体罰の調査依頼をする場合、学校側が隠蔽する可能性もあるので第三者機関に相談するのも一つの手でしょう。

 

クラスの雰囲気についていけない

 

教師の声を聞いて、クラスメイトが一斉に勉強モードに入るので怖かったです。

 

sho
このクラス、なんか無理。宗教じみてる。

 

自分は教師から怒られるのが嫌だったので、教師に対していつも真面目に振る舞っていました。

自分のためではなく、嫌いな教師のためです。

今思うと、ぼくはどれだけの時間をこのド三流教師に頭をペコペコ下げていたのでしょうか(笑)

それでも自分はなんとか頑張って毎日通学していました。

 

地獄の満員電車

 

ぼくはこの世で根絶やしにしたい乗り物があります。

それは満員電車です。

 

ぼくが通ってた中学校は、家から遠い場所にありました。

そのため、朝早くから電車に乗らなければなりません。

ぼくが電車に乗るときはいつも通勤ラッシュの時間帯でした。

 

臭いがきつすぎる

 

ぼくは毎日おっさん達にサンドイッチされながら電車に乗っていました。

オッサンドイッチ状態です。

 

おっさんなのはまだ許せます。

ぼくもいずれ、おっさんになりますからね。

ただですね、

 

sho
その、「くさい息」や「体臭」は神様仏様が許しても、ぼくは許さねぇ・・・

 

おい、おっさん!何食ってんですか!?う○ちでも食ってるんですか!?

控えめに言って、おっさんの息は下水です。電車の中は下水津波。

ひどいときは臭いに負けて途中下車して、駅のトイレでキラキラしたこともありました(笑)

 

あとは香水のきついオバハンもいましたね。

臭いレベルはオッサンよりかはまだ100倍マシでしたが。

 

ぼくからしてみれば、子どもをこんな乗り物に乗せるのは狂気の沙汰です。

でも毎日乗るものだから身体は慣れてきましたが、ぼくの心は満員電車を拒否してました。

そのおかげでぼくの体は徐々におかしくなってきました。

 

駅のホームで10時間

 

通学するときは、電車を乗り換えて学校へ行っていました。

いつも通りに電車を乗り換えようと思ったその瞬間、

 

sho
ん?体がいうことを聞かない・・・

 

自分の心が、「学校に行きたくない」と悲鳴を上げてきたんです。

そして、額や体中から冷や汗が止まらない状態になりました。

明らかにぼくはおかしい状態に。

でも、

 

sho
学校に行かなければ親に怒られるし、先生にも怒られる。どうしたらいい・・・?

 

駅ホームの雑踏の中で立ち止まり、考えました。

 

ぼくは学校に行きませんでした。

家に戻っても親に怒られるし、遅刻しても教師に怒られます。

怒られるのが嫌だったので、とりあえずぼくは一人でいようと決めました。

ぼくは行くあてがなく、駅にあるベンチに座り、ただ時間が過ぎるのを待ちました。

電車が次から次へと人を運んでは、また通り過ぎていきます。

人もみんな下を向いて寂しそうな表情で、何処かへ向かっているようでした。

そんなふうに見ながら、ただ時間を過ぎるのを待ちました。

 

朝早くに家へ戻っても不自然なので、夕方まで駅ホームのベンチで居座り続けました。

そして学校が終わるタイミングを見計らって家に帰りました。

今思い返すと、何やってんだろうと感じます(笑)

中学生が朝から夕方まで駅ホームのベンチで過ごす奴がどこにいるんでしょうか。

これぜったい、ギネス記録獲れますよね。

題して、「駅ホームのベンチで10時間過ごした中学生

あのとき、ギネスの審査員を呼んでおけばよかったです。

喫茶店やネカフェでも行けばよかったんですが、そんなに思いつく余裕もないほど追い込まれていたんだろうと思います。

こんなことが何回かありました。

 

いじめを受ける

 

ぼくは学校の勉強が嫌いでしたが、ノートを取ることは好きでした。

たくさんのカラーペンを使ってノートをカラフルに仕上げたり、文字をキレイに書いたりしていました。

たぶんこのブログを書くことも、ノート好きから派生してるのかもしれません。

 

ペンを毎日隠される

 

ぼくの筆箱の中身はいつも、お気に入りのカラーペンでパンパンでした(笑)

ただこの筆箱に目をつけられ、休み時間になるとクラスメイトにペンを隠されたり、ペンの中身をバラされたりしていました

これを毎日、授業終わりの休憩時間にされるので、たまったもんじゃないです。

隠されたペンが見つからないまま探すのに時間を取られ、次の授業の用意ができない。

休憩もできない。

そのままペンの行方が分からず、なくなったこともしばしば。

ペンの行方が気になって、授業に集中できないことが多々ありました。

 

これって考えてみれば、ぼくに対する授業妨害ですよね。

私立特有の陰湿さと、クラスメイトたちのレベルの低さに絶望しました。

でもクラスメイトのレベルの低さ以上にぼくはヘッポコだったので、やり返すこともできず、ただただイジメ続けられていました。

ぼくは、自分の弱さにも絶望していました。

 

余談ですが、他人の所持品を隠すのは、『窃盗罪』または、『器物損壊罪』に当たります。

もしイジメだったとしても、他人のモノを隠すのは法律で禁止されています。

モノを隠す行為は、子供だとしても立派な犯罪です。

 

中学二年生の夏休み明けから不登校に

 

それでも、なんとか中学2年の1学期までは学校に行きました。

そして待ちに待った夏休み。

 

sho
やっと、この学校生活の苦痛から解放される・・・。

 

しかし、そう思ったのも束の間。

ぼくが通っていた中学校は、夏休みをそうかんたんにはあげてくれない学校だったんです。

なぜなら、夏休みは成績優秀者だけがもらえるものだったからです。

ぼくみたいな、成績不良者の落ちこぼれは夏休みなし。

ぼくは勉強が苦手だったので、成績も良くありませんでした。

 

ぼくみたいな落ちこぼれはどうしていたのかというと、夏休みに入っても朝早くから学校に通って補修授業を行いました。

なんという鬼畜苦行っぷり。

ぼくは成績不良者だったので、長時間の補修授業コースでした(^p^)

 

夏休みに入っても全然解放されず、ぼくは精神的に追い込まれました。

補修期間が終わっても、残りの夏休みは微々たるもの。

 

夏休みが明けて

 

sho
夏休みは短かったけど、リフレッシュはできたかな。でもまた学校か〜嫌だな〜・・・

そう思い、休み明け初日に学校へ行こうとすると、布団から起き上がれない。

また身体が言うことを聞かない状態に。

そしてものすごい睡魔が襲い、いつも起き上がっているように起きれない。

怠けてる訳じゃないのに、起き上がれなかったんです。

親に相談しても、ただ怠けているとしか思われず、強く叩かれてかなり怒られました。

ぼくは言葉で上手く説明できなくて、理解者がいなくてただ泣くことしかできませんでした。

 

親に心の内を説明しても理解してもらえない。

 

親に学校に行きたくない理由を説明しても、なかなか伝わりませんでした。

学校で自分はこんな状態だと説明しても、分かってくれない大人はこのように捉えます。

 

  • 学校に行きたくない→怠けてるだけだろ
  • 教師が恐い→お前のことを思って言ってくれているだけだ
  • イジメられる→根性なし、やり返せ
  • 勉強についていけない→勉強しろ

 

ぼくの周りの大人は理解してくれない人ばかりで、ぼくは我慢できず親に反抗しました。

親に反抗するメジャーなやり方は、親に言い返したり突き飛ばしたりですが、ぼくはパジャマのまま家を飛び出して自宅から逃げました(笑)

はい、誰も傷つけてません。

shoは優しい子だったのです(`・ω・´)

 

ただこの苦しみから自由になりたいだけなのに、なんで大人の言うことばかり聞かなければいけないんだ、と頭も心もぐちゃぐちゃになったのを覚えています。

 

夏休み明けが危険

 

ここで大人のみなさんに1つ問題です。

子供達が1年の中で、もっとも自殺してしまう期間を知っていますか?

正解は、夏休み明けです。

とくに、夏休み明け、思春期の子供達が自殺する確率が高いです。

 

なぜ、夏休み明けに自殺率が高いのか。

その原因は、学校生活へのプレッシャーです。

プレッシャーとは、

  • いじめをまた受けるかもしれない
  • 教師との人間関係
  • 長時間学校に居続けなければならない

 

真面目で優しい子供ほど、これらの原因にやられてしまいます。

自分はどれも当てはまっていて、まともな子供でした(笑)

夏休み期間中は学校の環境から離れていますが、夏休みが終わったら「また学校の環境に戻らなければならないのか」、というプレッシャーに押しつぶされます。

 

死にたいと本気で思ったけど

 

ぼくは自殺までには至らなかったですが、死にたいと本気で思っていました。

毎日、

  • クラスメイトからイジメられる
  • 学校の勉強についていけない
  • 成績に厳しい教師と生活指導
  • 親に苦しいと話しても理解してもらえない

 

こんな目に合うのだったら、学校に行って苦しむぐらいなら、いっそのこと死んで楽になりたいと思ってました。

親にも迷惑をかけているし、生まれてこなければよかった。

本気でそう思いました。

 

でも死ぬのが恐かったです。

死ぬのが恐くて、自ら命を断つことはできませんでした。

だってさ、なんか、

 

sho
痛そうだし、苦しそうじゃないか・・・

 

死ぬときぐらい楽に死なせておくれよ。

なんで死ぬときになっても、苦痛を味わなければいけないのさ。

これだけ毎日苦しいことされてるのに、人生最後の最後でも苦しいって・・・。

 

sho
ふざけんなッ!!!

 

そう思い、ぼくは自分で自分の命を捨てるのなんて、アホらしく思えてきました。

 

不登校になった原因を明らかにする

 

現在は、自分が学校に行きたくなかった理由や原因ははっきりと分かっています。

でも不登校になっているとき、学校に行きたくない原因がなんなのか、自分も親もはっきり分からないんですよね。

自分が根性ナシだから?成績が悪いから?怠けたいだけだから?

でも不登校になる原因って、あんまり自分にはないんですよね。

 

ぼくの経験上、不登校になる原因があったのは、学校や周りの環境が主でした。

たとえば、

  • 厳しい担任教師、生活指導
  • イジメをしてくるクラスメイト
  • 通学時間のストレス

 

これらはどれも自分が原因ではないですよね。

全て外部的なものばかりです。

ぼくは自分を精神的に追い詰めていたものを全て洗い出し、それらと距離を置くようにしました。

 

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