どうも、shoです。
不登校になると、「自分はただ甘えているだけなのではないか」と悩んでいませんか?

実は、「不登校は甘えている」という言葉は気にしなくて良いです。
なぜなら、それはただ他人の考えにしか過ぎないからです。
この記事では、「不登校は甘えているのか?」についてお伝えします。
この記事を読むと、不登校になって周りから「甘えているだけだ」と言われても気にしなくてすむようになります。
結論は、「気にしなくていいので、マイペースに進んでいこう」です。
よければご覧ください。
不登校は甘えなのか?
「不登校は甘えている」という言葉は、気にしなくて良いです。
なぜならそれは、ただの他人の考えにしか過ぎないからです。
たとえば普通に学校に通えている人は、不登校の人を「ただ甘えているだけ」と言います。
どうして学校に通えている人は、「ただ甘えているだけ」と言えるのでしょうか。
それは、不登校の経験をしていないからそう言えるのです。
しかし、不登校を経験した人は学校へ行けないことの辛さや苦しみをわかっているので、「不登校は甘えではない」と言い切れます。
ぼくも不登校だった頃は、周りから「ただ甘えているだけだ」とよく言われました。
内心そうなのかなとも思いましたが、一体あなたに不登校の辛さの何が分かるんだ?とも思いました。
要は経験しているか、経験していないかの差で変わってきます。
不登校は甘えているわけではない
不登校になった子どもは、決して甘えている訳ではありません。
なぜなら不登校の子ども自身、楽しく学校に行けるなら学校に行きたいからです。
子どもは自ら望んで、不登校になりたくてなっている訳ではありません。
たとえば、自分と気の合う友達がいるのならその友達に会いに学校に行くでしょうし、学校の勉強を楽しく感じられるのなら明日も楽しく勉強したいと思い学校に行くでしょう。
しかしそうでないのなら、子どもは学校に行くことに意味を見出すことができないので、不登校になるのです。
このことは、甘えでもなんでもありません。
ぼくも楽しく学校に行けるのなら、学校に行きたかったです。
しかし、友達はできるどころかイジメの標的にされるし、勉強も全くついていけず劣等感を抱いたり、全然楽しくも面白くもありませんでした。
先生も厳しい人ばかりで、学校にいること自体が苦痛でした。
このようなことが毎日続いて、学校に行かないというのは甘えでしょうか。
「不登校は甘え」と言っている人の心理
「不登校は甘え」と言っている人は、自分がいま大変で忙しい状態に立たされています。
なぜなら、「自分は学校生活を頑張っているのに、あの子は学校を休んでいてズルい」と思っているからです。
たとえば、ふつうに学校に通学している学生はスケジュールは、以下の通り。
- 朝早くから起床して通学
- 夕方まで学校で授業
- 夜にかけて部活動
- 帰宅して学校から出された課題、勉強に取り組む
ふつうに考えて結構なハードスケジュールです。
このようなスケージュールの中で自分のことを考えたり、友人関係のことも考えたりしなければならないのでつらい場面がいくつか出てくるでしょう。
そのようなときに学校に行っていない不登校のクラスメイトを思うと、どうしても「不登校は甘え」と言いたくなるのも無理ありません。
わたしも大変なんだから、あなたも大変になりなさい
「不登校は甘え」と言っている人をもっと深掘りしてみてみると、「わたしも大変なんだから、あなたも大変になりさい」という考えを持っています。
たとえば、「わたしはこれだけ毎日学校生活で勉強もスポーツも頑張って、その上友人とも仲良くできるようにして大変なのに、あの子は学校を休んでいてズルい」
「わたしも大変なんだから、あなたも大変になりなさいよ」と言う感じです。
自分ばかり苦労していた場合、他人が楽しているように見えたらその人を陥れたいと思うのが人間の心理です。
非常にみにくい人間の心理ですが、仕方ないです。
マイペースに進んでいけば大丈夫
不登校の学生は、マイペースに進んでいけば大丈夫です。
なぜなら個人によってものごとを進めるペースも、成長するスピードも違うからです。
たとえば教室に30人の学生がいるなら、30通りのペースがあります。
また生まれた場所、家庭、月も一人ひとり違うため、人によって前提条件も違います。
そして、学校に行くことがなんともない学生や、学校に向いていない学生もいます。
要はたくさんのペースがあるように、自分は自分のペースで進んでいけば大丈夫です。
誰かに不登校のことをなんと言われようと、「あなたにはあなたのペースがあるし、自分には自分のペースがある」といった感じで進んでいけばOKです。
まとめ:不登校は甘えなのか?
「不登校は甘えなのか?」についてお伝えしてきました。
結論は「不登校は甘え、なんて言葉は気にしなくてもOK」です。
なぜなら不登校は甘えというのは、他人の考えでしかないからです。
その言葉を言えるのは不登校を経験しているか、していないかで変わってくるからです。
「不登校が甘えだ」と言ってくる人は、自分が今つらい状態に立たされています。
「わたしも学校生活が大変なんだから、あなたも休んでいないで大変になりなさいよ」といった感じです。
人には人のペースがあるので、「自分は自分、あなたにはあなたのペースがある」と思っておけばそれで大丈夫です。
Catch you later!