【ペットロス】寂しくて苦しんでいるあなたへ

どうも、shoです。

今月我が家のアイドル「ショコラ」が15歳を迎えたので、よく元気でいてくれて嬉しく思います。

我が家のアイドル「ショコラ」▼

もうおじいちゃん犬ですが、元気です。

家族とは「あと何年生きるんやろうかぁ」と話したりしています。

数ヶ月に一回トリミングに連れて行くんですが、担当してくれているトリマーさんも「この子はこの歳になっても元気やから珍しいですね〜」と言ってくれます。

それはすごい。

大切に世話して一緒に暮らしていきたいと思います。

 

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実はもう一匹いました。

我が家のアイドルは過去にショコラと一緒にもう一匹いました。

名前は「マロン」▼

代々家はペットを飼うとき、なぜか名前をつけるときはデザートに由来しているものをつけます。

自分がまだ幼い頃に飼っていた初代の犬の名前が「ポッキー」だったということがあり、そこからきているそうです(笑)

このマロンは本当に甘えん坊でやんちゃでよく飛び回る子でした。

いたずらもかなりするし、嫌のことがあればオシッコをひっかける、そんな子でした。

同じのが二匹いたらもうたまったもんじゃありません(笑)

キャンキャン言う子でしたが、かなり愛嬌があって可愛かったです。

 

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マロンがお星様になったときの話

家で楽しく遊んだり、ときには厳しくしつけをして世話をして一緒に暮らしていましたが、それもいつかは終わりを迎えます。

ある日マロンの体調の具合が悪くなり、動物病院で診てもらいました。

動物病院で診てもらって薬を処方してもらい、体調は良くなりつつあるかなと思いました。

しかしそこから体調が悪化していき、遂には息を引き取りました。

かなりザックリ書いていますが、経過を細かく書いてしまうと苦しんでる姿を思い出してしまうので今回は端折ります。

ストレスに弱い子だった

息を引き取る間際以外にも、何度か動物病院に連れて行くことがありました。

でもそこから連れて帰った時、かなり高い確率で体調を崩す場面が多々ありました。

普段はしゃかりき元気な子でしたが、動物病院にいくと返って元気をなくすタイプでした

ストレスにかなり弱い子だったと思います。

ギャップのあるマロン。

息を引き取ったのもストレスが関係していたのではないかと思います。

もしかしたら生き返るかも

マロンが横たわったままの状態だったので、いつか起きるだろうと心の片隅に淡い期待を持って、自分は寝床につきました。

朝になったらまた元気よく走り回っているさ。

そんな気持ちで眠りました。

そして朝を迎えていつものようにジャンプしてタッチしてくれるかなと思っていましたが、昨日の夜と同じ姿勢だったのでやっぱり夢じゃないんだと、死んだことを実感しました。

淡い期待も勢いよくはじけて急に涙が溢れかえりました。

家族の誰よりも自分はボロボロに涙を流して顔も痺れるくらいに枯れ果てるまで泣き叫びました。

お別れの時間

マロンが愛用していたタオルケットで、横たわったマロンをやさしく包んであげました。

そして家族と一緒に火葬場へ。

棺の中にたくさんのお花と遊んでいたおもちゃ、大好きだったおやつやご飯を入れてあげました。

そしてお別れの時間。

最後に「ありがとう」と伝えお別れをしました。

マロンは灰になって、骨だけがそこに残っていました。

お骨を骨壷に入れて家に持ち帰りました。

死を受け入れられない

気付いたら自分はマロンの骨壺を抱えながらずっと泣いていました。

くる日もくる日もずっと自分の部屋で泣いて泣いて泣き叫びました。

愛犬の死を受け入れられず、自分は病んでいました。

喪失感と虚無感をずっと抱えており抜け殻の状態。

食事も喉を通らないし、何かの曲が流れただけでも一緒に暮らした日々の場面と重なり、涙が出てきました。

自分の心はボロボロになり再起不能、情緒不安定だと感じました。

怒りの感情が芽生える

悲しい日々を送っていましたが、それはだんだんと怒りに変わっていったのを覚えています。

「自分の大切なものを奪われた」そんな感じがして怒りの感情が日々刻々と増えていきました。

この世の流れを恨み、神を憎みました。

「返せ!」と何度も叫びましたが、それも虚しく響いただけです。

この怒りはどうすることもできず、ただ怒りが収まるまで時間が過ぎるのを待ちました。

時が経つに連れ状況を受け入れる

哀しみから怒りへ変わり、やがてその気持ちは落ち着いていき、徐々に死を受け入れて行くことができました。

「時間の流れ」というもののおかげもありましたが、それとはまた別にもう一つあります。

それは「人に聞いてもらう」ということです。

自分はひとりでペットロスの哀しい気持ちを抱えていました。

しかしその気持ちをひとりでは抱え切られず、信頼できる人に話を聞いてもらえることができました。

そしたらその話し相手も過去に犬を3匹飼っており、立て続けに死んでしまったことがあると話してくれました。

3匹立て続けというのは相当じゃないと経験できない世界だな・・・と思いました。

そこから話して行くうちにだんだんと気持ちが軽くなってきて、自分と同じような経験をこの人もしてきたんだなと思いました。

 

時間をかけていけば心は緩やかに解放される

今ペットロスで辛くて哀しい時間を過ごしている方もいると思います。

でもその哀しい気持ちもやがて鎮まっていき受け入れるようになっていきます。

心は落ち着いていき、苦しい心が緩やかに解放されます。

時間はかかりますが、焦って「元気になろう」とか「哀しい表情は見せないようにしよう」とか、そういったことはしなくて大丈夫です。

自分の感情に素直にならなければ、苦しい心から解放されません

泣きたいときはたくさん泣いて大丈夫です。

思いっきり泣きましょう。

そして怒りたい気持ちになったら怒りましょう。

ペットロスになったとき、大切なことは自分の感情に素直になって吐き出すことです。

自分は三日三晩、それ以上はずっと泣き続けました。

泣いて泣いて泣き果てるまで涙を流しました。

それくらいが普通です。

哀しい感情を涙と共に吐き出すことによって、ペットが亡くなった状況を受け入れるラインに立てます。

状況を受け入れる態勢ができてくると、自分の中で状況を整理でき心は緩やかな解放へと向かいます。

思いっきり泣きましょう。

ペットを大切に飼ってきた人たちにしか本当の気持ちはわからない

ペットを亡くしたときは本当に落ち込みます。

この気持ちはペットを大切に飼ってきた人にしか解りません。

なので自分の現状を話すときには、信頼ができペットロスを経験した人に話を聞いてもらえるといいでしょう。

話を聞いてもらえることによって心は軽くなっていきます。

そして哀しい気持ちを誰かと共有することによって心の負担は半分になります。

もし話せないのなら手紙を書くこともあり

人に話せないこともあると思います。

そんなときはペットに向けて手紙を書きましょう。

自分がペットと暮らして楽しかったこと、世話で大変だったこと、なんでもいいです。

今が辛いなら辛い気持ちを手紙に書けばいいです。

自分はペットを亡くしてまだ日が浅い頃、本当の気持ちを誰にも打ち明けることができませんでした。

こんなに苦しい気持ちは誰かに話しても、誰にも分かってくれない。

そう思ったので誰にも話しませんでした。

ただこの気持ちをずっと抱えたままでは心をすり減らしていくばかりなので、気持ちを外に出さなければなりません。

そこで自分は手紙を書きました。

あとは日記にも書きました。

手紙は涙で濡れて文字も所々滲んだりもしました。

手紙がぐしゃぐしゃになっても文章が上手くなくてもいいので、ペットに向けて感謝の言葉を伝えましょう。

手紙を書き終え心が少しずつ軽くなってきたと感じたら、そこから誰かに話してみるのもいいです。

自分はそういう感じで行ってきました。

 

虹の橋

「虹の橋」という詩を知っていますか?

天国のちょっと手前に
虹の橋と呼ばれる場所があります。
この世界で誰かと特に親しかった動物は死を迎えると、虹の橋に行くのです。
そこには親しかった彼らのために用意された草地や丘があり、
動物たちは一緒に走ったり遊んだりできるのです。

豊富な食べ物に水、お日様の光があり、
動物たちは暖かく心地よく過ごします。

病にかかったり年老いた動物たちは皆、健康になって元気になります。
傷ついたり不自由な体になった動物たちも、また元通りになって力強くなります。
まるで、過ぎ去った日々の夢のように。
動物たちは幸せで充実していますが、一つだけ小さな不満があります。
みんな、とても特別な誰かと、残してきた誰かと会えなくて寂しいのです。
彼らは一緒に走ったり遊んだりしています。

しかし、
ある日、一匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳はきらきらと輝き、
身体はしきりに震え出します。

突然、彼は群れから離れ、緑の草を速く、速く飛び越えて行きます。

彼はあなたを見つけたのです。
そして、ついにあなたとあなたの特別な友だちが出会うと、再会の喜びにあなたは抱き合います。
そして二度と離れることはありません。

幸福のキスがあなたの顔に降り注ぎます。
あなたは両手で再び最愛の友の頭をなで回します。
そして、あなたは信頼にあふれる友の眼をもう一度覗き込みます。
その瞳は、長い間あなたの人生から失われていたものですが、心から決して消え去りはしなかったものです。

それから、あなたは虹の橋を一緒に渡って行くのです。

(作者不明)

自分はこの詩に助けられたことを覚えています。

何度も読みました。

虹の橋を渡るにはまだ自分は若いですが、きっとまた会えることを信じています。

 

Catch you later!

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