プロフィール

この度は「shoblog」を見にきてくれて、ありがとうございます。

嬉しいです^^

 

この「shoblog」では、これらを中心に書き留めています。

  • 自分の子どもが不登校になった親御さんへメッセージ
  • 不登校の子どもとの接し方
  • 不登校の子どもが社会復帰できる方法

 

このブログが皆様のなにかの役に立てれば幸いです。

 

shoのスペック

  • 名前:sho
  • 1992年生まれ、28歳
  • いて座、O型
  • 大阪府在住
  • 保育士・幼稚園教諭1種を所持
  • ネイリスト検定【3級・2級】所持
  • ジェルネイル検定【初級・中級・上級】所持
  • スキューバーダイビング(PADI:ADVANCED OPEN WATER DIVER)所持

 

sho

興味がある資格は片っぱしから取得していきました^^

 

過去の経歴

 

ここから、ぼくの過去の経歴をかんたんにお伝えします。

共通点があれば嬉しいです。

 

幼少期

 

92年に福岡で長男として誕生しました。

しかし、父親の仕事の関係ですぐ大阪へ引っ越し。

バブル世代の両親を持ち、大阪のアパートの一室で育つ。

 

小さい頃は好き嫌いなく、なんでもモリモリ食べていたそうです。

ですが、食事中に魚の骨がのどに引っかかり、そこから魚嫌いになりました。(今は魚好き)

 

ポケモンが好きで、当時発売されたゲームボーイでポケモンを遊んでいました。

御三家のポケモンの中では、ゼニガメ一択。

 

幼稚園に通っていましたが、通園したくない日が多くグズっていました。

そのころは妹が生まれて、親が妹の世話に忙しかったので、自分にかまってもらえず甘えたかったのでしょう。

 

小学校時代

 

毎週金曜日はスイミングスクールに通い、6年間続けました。

そのおかげもあって、小学校の地区水泳大会で代表として泳いだことも。

いまでも無性に泳ぎたくなるときがあります。

 

ゲームも相変わらず大好きで、「NINTENDO64」や「ゲームキューブ」にのめり込んでいました。

 

特にやり込んだソフトは、「大乱闘スマッシュブラザーズ」「ピクミン2」です。

 

ピクミンが大好きすぎて、夏休みの自由研究・工作の宿題では、ネットで作り方を調べて紙粘土で作成しました(笑)

当時作ったものが、今も飾られています。

 

友達と遊ぶことが大好きでした。

  • 遊戯王
  • デュエルマスターズ
  • ベイブレード
  • ゲームボーイ

これらを持ち寄って、よく公園や駐車場の広場で友達と遊んでいました。

 

中学時代

 

中学生のころは不登校でした。

おそらく、自分の人生での中で一番どん底の時期です。

学校ではこのような生活を送っていました。

  • 同級生からのイジメにあう
  • 偏差値重視の教育で勉強に追いつけない
  • 指導法がスパルタ(体罰とか当たり前)

 

見るに耐えないですね。

これらが重なり合ってストレスが溜まり、体調を崩して「うつ病」になりました。

心療内科と小児科に通い、少しずつ体調を回復させながら過ごしていました。

 

高校時代

 

不登校からもう一度やり直せるかと思い、高校生活をスタート。

しかし、高校は1週間で退学。

うつから回復したと思いましたが、学校を目の前にすると拒否反応が出るように。

最寄り駅から学校へ行こうとするも、体が動かないこともしばしば。

 

高校を退学してから、自分が通えそうな学校を色々調べて「通信制の高校」があることを発見。

比較的に自由なスタイルだったので、ここなら通えそうと思い入学。

特に目標もなく、淡々と毎日を過ごしていく。

 

アパート時代のお隣さんと再会&手話活動時代

 

高校創業を控えて間もないころ、幼少期に同じアパートに住んでいたお隣さんと10年ぶりの再会。

お隣さんが学校に行けていない自分の様子を心配してくれて、いろいろなコミュニティに連れていってくれました。

友達もほとんどいなかった自分でしたが、いろいろなコミュニティーの中で人との繋がりをつくっていき、自分の居場所を見つけることができました。

 

いろいろなコミュニティに連れていってくれた中の1つ、手話をメインとしたサークルの中で自分は活動していました。

手話サークルでは手話とダンスを融合したパフォーマンスで、舞台出演やボランティア活動をしていました。

 

不登校支援スタッフ時代

 

手話パフォーマンスでボランティア活動をしていく中、

 

ボランティアスタッフ

不登校支援スタッフとして一緒に働かない?

 

と声がかかり、自分の中学時代の不登校経験を活かせそうだと思い、不登校支援のスタッフとして働くようになりました。

学校に行けない子どもたちに勉強を教えたり、一緒に遊んだりしていました。

 

浪人時代

 

不登校支援スタッフとして働いている中、周りのスタッフから

 

大学には行った方が良い

 

とアドバイスをもらい、大学進学を決意。

当初は偏差値の高い大学(法学部)を目指していました。

 

でも、
sho
本当に自分は法学を学びたいのか?

 

と、ふり返って違うと判断し、進路を変更。

自分はこれらを経験していたことがあったので、子どもに関する教育や保育を大学で学びたいと決めました。

  • 不登校支援のスタッフ
  • 自身の中学不登校

 

そこから塾に通い、浪人生となりました。

 

大学生時代

 

志望した大学に合格して、大学4年間は「保育」と「教育」を学びました。

周りの友達にも恵まれ、楽しい大学生活を送っていました。

 

大学で学んでいる中で、過去に自身が不登校になった原因は自分だけのせいではなく、この2つが絡み合い、自身に影響を及ぼし不登校になったのだと気づく。

  • 現代の子育ての問題
  • 学校側が抱えている問題

 

この2つに気づき、

 

sho
日本の教育を変えたい

 

と思い初めて、大学院の進学を決意。

自分が学校で苦しんできたように、これ以上子供たちを苦しめたくないと思うようになりました。

しかし、大学院受験の結果は惨敗。

 

また、大学で学んできたことを「保育現場」「教育現場」で試すが、うまく通用せず挫折の連続。

机上の空論と理想、現実とのギャップに苦しみ、自分は無力で子ども達を幸せにすることができないと痛感。

 

sho

自分では子どもたちを守れない

 

そう感じてしまい、「教育」と「保育」の道を諦めました。

教育で日本を変えてやる!そういった気持ちを持った青二才の時代でした。

 

スターバックス時代

 

大学を卒業してから、自分はいったい何をすればいいのかと路頭に迷う。

そこで知人からスタバで働くことを勧められ、スタバで働くことになる。

 

  • 接客業未経験
  • 専門的な勉強しかしてこなかった自分
  • 今までと全く違う業界

 

こんな状態からスタバで働き始めました。

最初は戸惑いつつ、未経験ながら自分のやり方で接客をしながらコーヒーを作っていく。

「お客さんにどうしてもらえたら喜んでくれるか」を常に考えて、接客をしていました。

 

そして入社してからスターバックス のミッションを知る。

それは、

お互いに心から認め合い、誰もが自分の居場所として感じられるような文化をつくる

 

この言葉に感銘を受ける。

過去の自分も元々居場所がなかったので、スタバのミッションに共感。

スターバックスでは2年働いていました。

 

タイル屋時代

 

お金をもっと稼ぎたいと思い、スターバックスからタイル屋で働き始めました。

すごいギャップです。

親方の下で現場仕事をするも、重労働とブラックな環境で体がついていかず、2ヶ月で退職。

このときは、金に目が眩んで失敗しました(笑)

 

ネイルスクール時代

 

自分の原点をふり返り、不登校時代におしゃれで夢中になっていたネイルをまたやりたいと思い挑戦。

ネイルスクールを卒業して、これらを取得しました。

  • ネイリスト検定【3級】【2級】
  • ジェルネイル検定【初級】【中級】【上級】

 

これからの自分の展望

 

現在は「SNS」「ブログ」を運営しています。

運営の目的は自分の過去の不登校経験を元に、今不登校になっているお子さんをもつ親御さんにメッセージを伝えることです。

自分の不登校経験が少しでも親御さんの役に立てればと思い運営しています。